製品開発、製品設計、製造プロセス設計、調達、加工、組立、検査、品質管理、物流。
20代後半の私は、一通りの関係者と深く関わる機会を得て、生産活動全体の流れが少しずつ見え始めていた。
そんな頃、先輩社員からある指摘を受けた。
「お前の話は難しい。伝わる人にしか伝わらない。」
当時の私は、その言葉の意味がよく分かっていなかった。
むしろ、自分では分かりやすく説明しているつもりだったからだ。
しかし今振り返ると、私は無意識のうちに専門用語で自分を固めていた。
それは知識を持っていることを周囲に示したい気持ちだったのかもしれないし、難しい言葉を盾にして鋭い指摘から身を守ろうとする自己防衛だったのかもしれない。
今となっては、その両方だったように思う。
■専門用語は、本当に必要だったのか
先輩から指摘を受けた後、自分の話し方を意識的に観察してみた。
すると、
- 品番印字機 → レーザーマーカー
- 搬送機構 → Pick & Place(PP)
- 把持機構 → ロボットハンド
など、本質的には変わらない内容であるにもかかわらず、どこか角張った言葉を多く使っていることに気づいた。
もちろん間違った表現ではない。
技術的な場面では必要な用語でもある。
ただ、それらの言葉が会話の入り口を少しだけ狭くしていたのかもしれない。
■打合せの空気が違う理由
ある時、その先輩が主催する打合せに参加した。
内容自体は私が行う打合せと大きく変わらない。
しかし、不思議と場の空気が違って見えた。
参加者同士が積極的に意見を出し合い、疑問をぶつけ合い、考えを交換している。
議論が自然に広がっていくのだ。
一方で、自分が進行する打合せを思い返してみると、どこか緊張感が強かったように感じる。
後から考えれば、私の言葉が持つ防衛的な雰囲気が原因だったのかもしれない。
専門用語で武装した言葉は、相手に
「これは詳しい人しか発言してはいけない話題だ」
という無意識のメッセージを与えてしまうことがある。
その結果、本来得られたはずの意見交換の機会が失われていたのではないだろうか。
■生産技術に必要なのは、正解を持つことではなく意見を集めること
工程検討や設備検討には、絶対的な正解があるわけではない。
十人いれば十通りの考え方があり、それぞれの経験の中に改善のヒントが隠れている。
だからこそ、個人で考えた案を一辺倒に推し続けるよりも、いろいろな人の意見を交えながらより良い形へ育てていくことが求められる。
私は指摘が怖くて、自然とこのような姿勢で打合せに挑んできた。
しかし結果的には、さまざまな指摘を受けながら検討を進めていった方が、よりレベルの高い工程や設備が出来上がっていた可能性もある。
振り返れば、守るべきだったのは自分の案ではなく、議論そのものだった。
■生産技術は「つなぐ仕事」
そう思った時から、あまり専門的な用語は使わないように心がけている。
誰にでも分かる単語を使い、打合せに参加するみんなの頭の中に、自分と同じイメージが浮かぶように。
そうしていろいろな人の向きを一方向にしていく。
もちろん、自分もそれに倣う形で。
設備や工程を作る仕事は、一人の知識だけでは成り立たない。
設計者は製品のことを知っている。
加工担当者は加工のことを知っている。
品質担当者は品質のことを知っている。
物流担当者は物流のことを知っている。
それに対して生産技術は、それらをつなぐ立場にいる。
だからこそ、自分だけが理解できる言葉や、担当者だけが理解できる言葉ではなく、みんなが同じ景色を思い浮かべられる言葉を選ぶことが大切なのだと思う。
■難しい言葉よりも、伝わる言葉
難しい言葉で説明することは意外と簡単だ。
知っている用語を並べれば、それらしく聞こえる。
しかし本当に難しいのは、小学生でもイメージできるくらい簡単な言葉で説明することだ。
「ロボットハンド」ではなく「部品をつかむ部分」。
「Pick & Place」ではなく「取って置く動き」。
さすがにここまで言い換えることは少ないが、そのくらいの意識で考えると、自然と相手目線になる。
その方が打合せでは意見が出やすいし、質問もしやすい。
結果として、より良い設備や工程に近づいていく。
■技術は専門的でいい。でも言葉はやさしくありたい
あの時先輩に言われた、
「お前の話は難しい。伝わる人にしか伝わらない。」
という言葉は、技術者としての説明の仕方だけでなく、人と仕事を進めるうえで大切な考え方だったのだと思う。
今でも専門用語を使うことはもちろんある。
ただ、その言葉を使わなくても相手に伝えられるかを、一度立ち止まって考えるようになった。
技術は専門的であっていい。
しかし技術を語る言葉は、できるだけ多くの人に理解されるものでありたい。
結局のところ、設備を作るのも工程を作るのも人なのだから。
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