自働化を進める上で、私が重要だと思っていることが一つある。
それは、
「自働化するなら徹底的にやる」
ということだ。
こう言うと、
「じゃあ全自動化を目指すということですね」
と解釈されることがある。
もちろん、予算があり、投資対効果も見込めるのであれば全自動化を目指すこと自体は悪いことではない。
だが、私が言いたいのはそこではない。
私の考える「徹底的な自働化」とは、
人が行っていた異常検知や判断まで含めて工程を見直すこと
である。
■自働化の本質は「異常を知らせる」こと
自働化という言葉を聞くと、多くの人は「人の作業を機械に置き換えること」を思い浮かべる。
確かに間違いではない。
しかし、自働化の本質は単なる省人化ではない。
機械が決められた動作を繰り返し、異常が発生したらそれを検知し、知らせて止まる。
私はこれこそが自働化の大きな特徴だと思っている。
問題は、その「異常」をどこまで捉えられているかという点である。
■キーボード検査を例に考える
例えば、パソコンのキーボードのキーが正しく反応するかを検査する工程があったとしよう。
これまでは作業者が実際にキーを押し、入力結果を検査装置で判定していた。
そこで自働化を行い、人の指の代わりにアクチュエータでキーを押す装置を作ったとする。
一見すると、これで自働化は完了したように見える。
だが、本当にそうだろうか。
■作業者は「キーを押している」だけではない
現場の作業者は、単純にキーを押しているわけではない。
例えば、
といったことを、無意識のうちに確認していることが多い。
さらに幅の広いスペースキーであれば、
- 左端
- 中央
- 右端
など複数箇所を押し、引っ掛かりやカジリがないことを確認しているかもしれない。
こうした内容の一部は作業指示として明文化されているだろう。
しかし実際には、それだけではない。
作業者自身の経験から生まれた、
「なんとなく違和感がある」 「いつもと音が違う」
といった判断も存在している。
これは一般的に「気遣い作業」と呼ばれる。
■自働化で消えてしまう異常
ところが、自働化の際に見落とされがちなのが、この気遣い作業である。
アクチュエータでキーを押すだけの設備であれば、
- キー入力が認識された
- キー入力が認識されなかった
という判定はできる。
反応がなければ異常を発報して停止することもできるだろう。
しかし、
といった内容は検知できない。
つまり、これまで作業者が見つけていた異常が工程から消えてしまうのである。
そして量産が始まった後になって、
「この不良、なぜ設備は止まらないのですか?」
という話になる。
設備が悪いわけではない。
そもそも、その異常を設備が監視するように設計されていなかっただけなのだ。
■自働化で見るべきは「作業」ではなく「判断」
自働化を検討するとき、多くの場合は作業分析を行う。
作業手順を観察し、
- 手を伸ばす
- 持つ
- 運ぶ
- 置く
といった動作に分解していく。
もちろん重要な活動だ。
しかし、それだけでは足りない。
本当に見るべきなのは、
作業者が何を確認し、何を判断しているのか
である。
そのためには、
といった活動を通じて、作業の裏側に隠れている判断を洗い出さなければならない。
私はこれを、
「隠れた作業の棚卸し」
だと思っている。
■すべてを無理に自働化する必要はない
もちろん、洗い出した項目のすべてを機械で実現できるとは限らない。
現状の技術やコストを考えると、人の感覚に頼らざるを得ない場合もあるだろう。
だが、それは問題ではない。
問題なのは、その存在を知らないまま自働化を進めてしまうことだ。
人に任せるのであれば人に任せる。
別工程で確認するなら別工程で確認する。
センサーで代替するなら代替する。
重要なのは、
無視しないこと
である。
■まとめ
人は考えて行動することができる。
だからこそ、目の前の作業だけでなく、違和感や異常の兆候にも気付くことができる。
自働化とは、単に人の手を機械に置き換えることではない。
人が行っていた異常検知や判断を見つめ直し、それを工程として再現する活動である。
どうせ人の作業を機械に置き換えるなら、作業だけを真似るのではなく、その裏にある判断まで掘り下げたい。
私は、自働化するなら徹底的にやった方が良いと思っている。


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